ジョアン・ジルベルトが死んでも、ジョアン・ジルベルトをこれからも聴き続けてゆけるというしあわせ



ジョアン・ジルベルトが死んだ。

ボサノヴァの神様。ボサノヴァの法王。パジャマを着た神様。これは、ボサノヴァの歴史をあつかった本のタイトル。その長い隠遁生活を想起させる、なかなか巧みなキャッチフレーズだ。

幸運なことに、ぼくはジョアン・ジルベルトのステージを2003年の初来日時に3回、そして翌年の再来日時に1回の計4回観ている。生きてゆくということは、その道すがらどれだけたくさんの「宝物」を見つけられるかということでもある。とすれば、ボサノヴァと出会い、もっとも熱心に聴いていた時期にジョアンの生演奏を体験できたことは、ぼくの人生にとってまちがいなくかけがえのない「宝物」であった。

しかし、そこまで敬愛するアーティストであるにもかかわらず、ジョアン・ジルベルトの訃報を聞いて悲しみだとか、寂しさを強く感じているかというとそうでもない。自分でも、それはちょっと意外なほどに。

ジョアン・ジルベルトという存在を、ぼくはおそらくはじめから別格というか、別次元というか、うまく言えないけれど大気とか宇宙といったような、そういう「空虚を満たしてくれるなにか」としてとらえていたように思う。すくなくとも、その死に打ちのめされたり寂しさを募らせるほど、ぼくにとってジョアン・ジルベルトというひとは近しい存在ではなかった。彼の死は、あらためてぼくにそのことを確かめさせてくれた。

そんなぼくが、いま抱いているのは「感謝」の念である。英語には、ひとの死にあたって「celebrate」という表現を使うことがあるとツイッターでフォロワーの方から教えていただいた。その人の功績を讃え、生涯を祝福するのだという。音楽を通してのみジョアンに触れてきた自分には、まさにそれがもっとも自然でしっくりくる。

ある日突然パソコンのハードディスクが壊れ中身のデータがすべて飛んでしまうように、死によってひとの身体がこの世界から消えてしまうことでそのひとの創造物もまた失われてしまうとしたら・・・。それはつまり、ジョアン・ジルベルトの死とともにボサノヴァの大部分も消失してしまうということだ。しかし幸福なことに、宇宙はそのようにはできていない。たとえそのひとの身体がこの地上から消えてなくなってしまったとしても、ひとがその生涯を通じてつくりあげた作品はかならずなんらかのかたちで残る(戦争のような愚かな行いさえしなければ)。

仮に、エジソンの死によってこの世界から電球が失われたり、ベンツやダイムラーの死によって自動車が消えたとしても、遅かれ早かれべつの誰かが似たようなものをつくりあげるにちがいない。科学は、自然の観察と注意深い洞察によって導き出された結果だからである。だが、ベートーヴェンやピカソの死によって失われてしまった「第九」や「ゲルニカ」は、もう二度とつくられることはないだろう。そこに、芸術の気高さがある。

神様によって選ばれたひとの手によって生み出された芸術は、確かに、この世界に生き続ける。本当にありがたいことだ。なぜなら、そのことによってぼくらはわずかな手札だけでなく、多様で豊富な切り札をポケットにしのばせて人生を歩んでゆくことができるのだから。

ジョアン・ジルベルトは死んでしまったけれど、ぼくらはこれからもジョアンの優しい歌声と柔らかなギターの音色をずっと聴き続けることだろう。

ムイト オブリガード また会いましょう。

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