コーヒーも受け皿で

19世紀に活躍したフィンランドの画家、アルヴィド・リリェルントの『コーヒー休憩』というタイトルの作品です。

素朴な衣装を身につけた女性が、仕事の合間にコーヒーを飲んでほっと一息ついています。女性は職工でしょうか。これといった装飾もない土壁のような背景からして、彼女がいるのは作業小屋のような殺風景な場所にみえます。気持ちすぼめた口は、まだ湯気の立ちのぼるコーヒーが冷めるのを待っています。そして、目を閉じたその表情から、いま彼女はコーヒーの香りを楽しんでいる真っ最中であることが伝わります。

それはともかく、すでにお気づきのようにこの絵の中の女性がコーヒーを楽しむ姿はちょっと独特です。
なぜなら、右手にコーヒーカップを持っているのはよいとして、彼女の左手にはなみなみとコーヒーが注がれたソーサー、つまり受け皿があり、どうやらこの女性はその受け皿からコーヒーを啜ろうとしているらしいからです。

ご存知の方も多いでしょうが、じつは18世紀にはこうした飲み方が一般的だったのだそうです。現代の目からするとちょっとお行儀悪くみえてしまいますが、当時はイギリスやフランスの貴族たちもこのようにしてコーヒーや紅茶を楽しんでいました。
その後、19世紀になるとこのような飲み方は廃れ、労働者階級の人たちの間にだけ残ったといわれています。この絵の中の女性が職工と思われるのも、その衣装や背景だけではなく、そのような習慣が物語っているからです。

ところで、フィンランドを代表するデザイナー、カイ・フランクが手がけた食器に「キルタ」と呼ばれるシリーズがあります。シンプルで飽きのこないデザイン、しかも丈夫で長持ちという、すばらしく「普通」なそのテーブルウェアは、長いこと多くの人たちに愛され、いまも「ティーマ」という名称で引き継がれ生産され続けています。

このキルタのコーヒーカップやティーカップを持っているひとならお分かりの通り、その受け皿にはやや深めの縁(へり)があり、カップを固定するための凹みがありません。キルタが世に送り出されたのは20世紀もなかば、1953年のことですが、北欧で唯一の共和国にして他のヨーロッパ諸国ほどには明瞭な階級制度のない、言ってみれば大統領も労働者もおなじ食器で朝のコーヒーを楽しむフィンランドのこと、20世紀になってからも受け皿でコーヒーを飲むスタイルが広く残っていたのではないかとそのデザインから密かに推理するのですが、さて、実際のところはどうなのでしょう?


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