バター目玉パン

 
 日曜日、道行く人影もまばらになった夕刻遅く、ふーっとひと息ついていたところに外出帰りのスタッフが差し入れを届けに立ち寄ってくれた。

 フィンランドのレシピのパン。ヴォイシルマプッラ(Voisilmäpulla)という。ヴォイはフィンランド語で「バター」を、そしてシルマは「目」を意味する、つまり直訳すると「バター目玉パン」だ。まあるいパンの真ん中で、甘い澄ましバターの「目玉」がギョロっと睨みをきかせている。この「目玉」には、さらにオレンジのジャムがソロっとのっているのだが、これは拵えたフィンランドの家庭料理研究家西尾ひろ子さんのオリジナル。
 ちなみにプッラとは、フィンランドではいわゆる「菓子パン」全般をさして言われる。そして、プッラの生地には一緒にカルダモンというスパイスが練りこまれているのがふつうだ。つまり、ヴォイシルマプッラとは、カルダモンの爽やかな香りと生地に染み込んだバターの風味を楽しむだけのシンプルなおやつパンといえる。デンマークのペストリーのように、手の込んだケーキのような菓子パンはもちろん好きだが、こうしたフィンランドの家庭の食卓に並ぶ素朴な菓子パンも悪くない。なんといってもホッとするのだ。腕ききの職人がつくり出すおいしさと同じように、近しいひとの手から生み出されるおいしさというのも、またあるのだろう。

 ところで、フィンランドの菓子パンには、たとえばラスキアイスプッラとかヨウルプッラといったように復活祭やクリスマスなど年中行事にちなんだネーミングのものが少なくないが、なかには「バター目玉パン」のように見た目に由来する名前のパンもあり、とりわけユニークなものといえばなんといってもコルヴァプースティだろう。
 コルヴァプースティはいわゆる「シナモンロール」のことなのだが、その名前を直訳すると「ビンタされた耳」になる。実物を見れば一目瞭然、それはその独特の巻き方による形状に由来する。たしかに、それは耳が潰れたように見えなくもない。むかし知り合いのフィンランド人から「コルヴァプースティの意味知ってる?」と尋ねられ、「知らない」と答えたところビンタする真似をされたことがあったのだが、いまにして思えば、そこですかさず「手袋を反対から言ってみて」と日本語で応酬すべきであった。小学生レベル。
 そういえば、たしか家にあった『ムーミンママのお料理の本』のシナモンロールの項目には、特に説明もなく、ただ「往復ビンタ」と書かれていたような記憶がある。「ビンタされた耳」が、どういうわけか「往復ビンタ」へとグレード・アップしている。ムーミンママ、恐ろしさしかない。

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