フィンランドのクラフトチョコレート


 わりと最近まで、フィンランドでチョコレートといえば「ゲイシャ」だった。誰が決めたわけではないが、そう相場が決まっていた。異論は認めない。
 名前はヘンテコだが、「ゲイシャ」の味はなかなかのものである。滑らかなミルクチョコレートにクリスプ状のヘーゼルナッツの相性が絶妙だ。ちなみに、名前の由来はもちろん「芸者」からきている。このチョコレートが登場した60年代には、日本というとフィンランド人の頭の中ではまだフジヤマとかゲイシャとかサムライとかが闊歩していたのである。まあ、フジヤマは闊歩しないけれど。

 それはともかく、フィンランドもここ数年はどうやらクラフト・チョコレート流行りのようだ。
 たとえば、クルタスクラー(KULTASUKLAA)やダンメンベルグ(DAMMENBERG)は日本でもときどき折につけ目にするようになった。先日、帰国したばかりのスタッフからおみやげに貰ったのは、ユロヤルヴィというタンペレ郊外に位置するのどかな田園地帯で作られている「スクラーティラ(SUKLAATILA)」というブランドのチョコレートである。
 ウェブサイトによると、スクラーティラのチョコレートはすべて農場の古い納屋を改装した工房で手作りされている。なんでも納屋にはヴィルヨという名前のトントゥ(精霊)まで棲み着いていて、そのヴィルヨが作ったタール風味の「サウナチョコレート」なんていう商品まである。これはもう、ほぼほぼ『遠野物語』の世界じゃないか。こういうの、キライじゃない。

 今回ぼくが食べたのは、ミルクチョコレートにすりつぶした(?)トゥルニが入っている「Tyrnisuklaa(トゥルニチョコ)」という商品。で、肝心のトゥルニとはなにか? それはシーベリーという名前でも知られるオレンジ色をしたグミ科の植物で、すごく雑な言い方で恐縮だが、ひと粒にいろいろなビタミンがどっさどさ入っているため「スーパーフード」としても注目を集める食品である。味は、まあ、なんというか、とにかく地獄のように酸っぱい。
 じつは、このトゥルニにかんしてぼくにはトラウマがある。以前、トゥルニ果汁100%のジュースをいただく機会があったのだが、ほんらい水で数倍に薄めて飲むところ、そうとは知らず原液のままゴクリと飲んでしまったのである。あれは凄まじかった。ホゲッ、ゲボゲボゲボッとひたすら涙を流しつつ咳き込んでいた。それ以降、じぶんから積極的に口にすることは避け、いつか誰かに「お仕置き」するその日までそっと心の内にしまってきた。なので、おみやげに貰ったチョコレートの箱に、あのオレンジ色の憎い奴の姿を認めたときには当然のことながら固まった。
 が、思い切って食べてみたところ、まろやかなミルクチョコレートとトゥルニ独特の酸味がとても良い感じなのだった。そうだそうだ、考えてみたら、チョコレートとサワーチェリーとか、チョコレートとフランボワーズとか、あるいはまたチョコレートとクランベリーとか、そういう甘さ+酸っぱさの組み合わせはむしろ好物だった。気に入りました。

 もしかしたら、これを読んでフィンランドのクラフト・チョコレートに興味を持ったひともいるかもしれない。とはいえ、この手のチョコレートは家庭内手工業的に作られているものが大半で販売チャネルはかなり限られている上、値段もそれなりにする。当然、日本に輸入すれば必然的にお高くなってしまう。したがって、やはりじっさいにフィンランドに行ったときにまとめて買うとか、誰かに買ってきてもらうのがおすすめである。聞くところによると、こういったクラフト・チョコレートを取り扱うセレクトショップのようなお店もあるらしいのでこれを機にちょこっと調べてみようと思っている(駄洒落です。念のため)。

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